まず、これを読もうとしてくれて、どうもありがとう。
あなたが、今、
どんな思いでいるのか、
どんな気持ちでいるのか、
どんな苦しみを抱えているのか、
ボクには分かりません。
でも、あなたと、
ほんの少しでも何か通じ合えるものがあれば、うれしい。
そう思って、この手紙を書かせてもらっています。
ボクも、ずいぶんと苦しい思いをしてきました。
今も、もちろんそうです。
悔しくて、情けなくて、不甲斐なくて、
もういっそ消えてしまえたらどんなにラクだろうと、
何度考えたかわかりません。
「生き地獄」とは、まさにこういう事だ、
ボクはそんな風に感じます。
これは、経験した人にしか分からないことでしょう。
あなたの苦しさ、ほんの少しはボクも理解出来るかもしれない。
でもやっぱり、本当の苦しさは、あなたにしか分かりません。
産まれてきた場所、
育ってきた環境、
あなたの性格、
受け取り方、
本当に、十人十色、千差万別だからです。
だから、かんたんに、
「つらいよね」
「わかるよ」
とは、ボクは言うことが出来ない。
そう思っています。
ただ、「苦しさ」という重荷を背負いながら歩いている。
そういう意味では、あなたとボクはおんなじかもしれません。
本当に苦しくてもうダメな時、
ボクはあなたに肩をかすことが出来るかもしれない。
ボクがダメな時は、あなたの肩をかしてほしい。
今、そんな思いでいます。
あなたの苦しみを取り除けるならば、何だってしたい。
でも、それは難しいから、
おせっかいかもしれないけど、
放っておいてほしいかもしれないけど、
あなたと「いっしょに苦しむ」ことならば、
ボクにも出来る。
だから、あなたはひとりじゃない。
ボクもいます。
「いつか必ず治るよ」
ボクもそう思っているし、そう望んでいます。
「病気と仲良くなろう」
うん、それもよく分かります。
色んなメッセージがあるけれど、
どんなものが、あなたに響くかわからない。
ただ、ボクがボクのことばで伝えられるとしたら、
「あなたの経験には、必ず意味がある」
ということかもしれません。
「意味のない10年を過ごしてきた」という恐怖を振り払う為に、
ボクが自分に言い聞かせているだけのことばかもしれない。
でも、ボクはそう信じて生きています。
「ああ、この苦しみにも意味があったなあ…」
という経験が今までいくつもありました。
きっと、これから生涯をかけて、
自分が想像出来ない程の、「たくさんの意味」に遭遇するだろうと思っています。
あなたが望もうと、望まざると、
あなたが今経験していることは「病気以上の何か」
だとボクは思っているんです。
だからと言って、
毎日の苦しみから解放されるわけではないし、
ラクになるわけではない。
でも、信じたい。
ゾウがアリよりも大きいように、
天が地よりも高いように、
ボクたちの思いや想像を超えた、
人生に深みと奥行きをもたらしてくれている存在があると。
あなたの毎日が、
少しでも心穏やかなものになるように。
苦しみが、少しでも、ほんの少しでも和らげられるように。
たっぷり休んでいい、
わがままでいい、
自分のこころに正直に、
今日もテクテクと、
3歩進んで2歩下がりながら、
いや、1歩進んで2歩下がってもいい。
むしろ、つらければ歩かなくていい。
また歩き出せるまで、布団でゆっくり眠ればいい。
歩いてみようかな…。
そんな日が、きっとやってくるから。
あなたは、愛されています。
これは、ボクが絶対に約束出来ることです。
ずいぶんとエラそうなことをダラダラと書いてしまいました。
最後まで読んでくださって、どうもありがとうございます。
いつでも、会いに来てください。
ボクはいつも待っています。
また、お手紙書きますね。
令和元年10月16日
心を込めて、ボクからあなたへ