ツマとムスメとウツボク

いきるってたいへん。でも、すばらしい。

「夫の流儀」とボク

私たちがアパートの入り口で待っていると、

階段からゆっくりと男は降りてきた。

 

寝癖はそのままに、無精ひげをたくわえ、

上下スウェット、素足にサンダル。

 

ニコニコしながら、こちらに手を振っている。

 

今日のプロフェッショナルは、かんガエル(仮名)33歳。

 

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男の朝は遅い。

家族は皆起きて、身支度を終えているが、男はなかなか布団から出て来ようとしない。

 

朝の8:00になろうかという頃、やっと男は起きてきた。

ニコニコと笑っている。

 

妻、もうすぐ3歳になる長女、1歳を迎える次女。

それぞれに「おはよう」と声をかけに行く。

 

妻以外からは、リアクションはない。

それでも男は笑顔をやめようとしない。

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「やっぱりね、一日の始まりじゃないですか。だから、自分から言うようにしてるんです『おはよう』って。相手がどういう反応をするかは、そんなに関係ないですよね。挨拶は『するもの』であって、『されるもの』ではないですから。先手必勝ですよ。アハハハハ。」

 

男は、我々番組スタッフにも、ひとりひとり丁寧に挨拶をして回っている。

朝食の準備が整い、妻と娘たちは椅子に座って待っているというのに、おかまいなしだ。

 

朝食を済ませ、ほどなくしてから、妻が娘達を連れて公園へと出かけて行った。

男は、何とも言えない表情で見送っていた。

 

「やっぱりね、僕が連れてってあげたいですよね、外には。もう寒くなってきていますし。夫を生業にしている人間として、妻を気遣うのは最大の仕事であり、任務ですから。」

 

そう言いながら、男は畳に横になった。

 

テレビを見るわけでもなく、スマートフォンをいじるわけでもなく、ただ、目を開いて遠くを見つめている。

 

「気付きました?もう始まってるんです、仕事。現代人って、目先の事ばかりに捉われがちじゃないですか。だからね、こうして遠くを見るんですよ。ただひたすら遠くを。イメージトレーニングに近いかもしれませんね。」

 

そう言いながら、男が眠りに就いたのは5分後だった。

 

昼になり、男の携帯電話が鳴った。

妻からのようだ。

 

男は足早に玄関に向かう。

 

「妻たちが公園から帰って来たみたいです。なんか娘が抱っこをせがんでるみたいで。こういう時は僕の出番ですよね。これも仕事です。妻を助けたいですからね、いつだって。娘はしょっちゅう抱っこするので、結構、筋肉も必要なんですよ。アハハハハ。」

 

そう言いながら、男は玄関の扉を開け、妻たちの迎えに急いだ。

 

数秒後、すぐに男が家に戻って来た。

何かを忘れたようだ。

 

男は、妻が脱いでいったスリッパを丁寧に揃え、再び、外へと出て行った。

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「やっぱりね、帰って来てスリッパが揃ってたら気持ちいいじゃないですか。まあ、多分、妻は気づいていないでしょうけどね。でもそれでいいんです。この仕事、見返りを求めてたらやってらんないんで。今日は危うく忘れそうになっちゃいましたけどね。アハハハハ。」

 

男は娘を抱きかかえながら、妻がスリッパを履く姿を横目で確認していた。

 

帰宅するなり、妻は慌ただしく昼食の支度に取り掛かる。

娘たちは時間を持て余し、遊びたがっているようだ。

 

しかし、男は横になったまま、動こうとしない。

じっと、家族の様子を見ている。

 

「これもね、重要な仕事なんですよ。妻の家事を手伝いたい、娘たちと遊んであげたい、そんな気持ちは山々なんです。でも、その気持ちをグッとこらえてね。僕が何やってるか分かります?見守ってるんです、家族全体を。誰かひとりと向き合うと、全体が見えなくなってしまいますから。まあ、娘たちはまだ理解出来ないでしょうね、父親が仕事をしているという事を。でもいいんです。この仕事、見返りを求めてたらやってられませんから。」

 

昼食を皆で食べた後、男はおもむろに動き出した。

朝の挨拶同様、ひとりひとりに向かって「ありがとう」と言っている。

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「僕ね、いきなり言うことがあるんですよ『ありがとう』って。感謝の気持ちが湧いた瞬間に、即言うんです。もう何度でも言いますよ。『思い出しありがとう』っていうのもあって。急に思い出すことがあって、感謝の気持ちを。ほんと、思い出したように言うんです『ありがとう』って。流石に妻も娘たちもキョトンとしてますけどね。アハハハハハ。」

 

そう言いながら、男は、朝同様に番組スタッフひとりひとりに向かって、丁寧にお辞儀をしながら「ありがとう」を連呼した。

 

「ありがとうって、『ありがとう(10)』とも言うじゃないですか。だから、少なくとも一日10回は、ありがとうって言うようにしてるんです。冗談です。アハハハハ。」

 

男以外、誰も笑っていない。

 

気が付けば、もう夕方。

妻は夕飯の支度に取り掛かる。

 

娘たちは、昼同様、時間を持て余し、遊びたがっている。

 

男は、また横になっていた。

しかし、今度は目を閉じている。

 

「これはね、昼とはまた違う仕事なんですよ。こうしてね、目を閉じることによって、目を開けてた時には見えないものが見えてくるんです。だから…」

 

すべて話し終える前に、男は眠りに就いた。

 

夕飯を済ませた後は、お風呂に入るようだ。

今日は、男が娘たちと一緒に入り、最後に妻にひとりでゆっくり湯舟に浸かってもらう計画とのこと。

 

「ほんとはね、カーッと熱い一番風呂に入れてあげたいんですけどね、妻を。ただ、いつも遠慮するんですよ。なので、僕が入れる時は、娘たちと先にザブンしちゃって。あ、ザブンって『お風呂に入る』って意味です。最後に、ゆーっくり妻にひとり湯を楽しんでもらうんです。」

 

そう言って、男は娘たちと風呂へと入って行った。

 

娘たちを先にあがらせた後、男はひとり風呂場に残って何かをしている。

手には、金魚すくいの網のような物を持ち、真剣な顔つきで湯舟を見つめる男。

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「やっぱりね、パカッと風呂のフタ開けて髪の毛浮いてたら、なんか嫌じゃないですか。妻には極上のひとり湯を楽しんでもらいたいんでね。こうして必ず髪の毛を一本残らずすくってるんです。まあ、妻は気づいてないでしょうけどね。見返り求めてたらやってられませんから、この仕事なんていうものは。アハハハハ。」

 

男は、くしゃみを連発し、小刻みに震えながら、一糸まとわぬ姿で髪の毛救いに没頭している。

 

妻と娘たちが寝静まり、ようやく「職業:夫」としての一日が終わりを迎えた。

 

「この瞬間が、もうたまらなく気持ちいいですね。やりきったぞ!っていう思いが溢れてきちゃってね。3人の寝顔見るのが極上のお給料ですよね。」

 

男の目に、キラリと光る水滴が見えた。

 

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「そうですねえ、やっぱり『空気』になれるってことですかね。」

 

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今日も、「ウツボク」に来てくれてありがとうございます。

 

長時間かけて、しょうもない記事を生み出してしまった。

 

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