ツマとムスメとウツボク

いきるってたいへん。でも、すばらしい。

おはなしきらい

先日、ムスメが食事中にボソっとこう言った。

 

「おはなし、きらい…。」

 

みんなで楽しくおしゃべりをしながら食事をしていた。

と、思っていた。

 

しかし、よくよく思い返すと、楽しくおしゃべりしていたのは、「ボクとツマ」だったのだ。

 

今までは、それでよかった。

 

いや、実はもっと前から「おはなし、きらい…。」と思っていたかもしれない。

言葉に出来なかったというだけで。

 

自分の幼い頃を振り返ってみると、ああ、そうだったなあと思う。

 

両親の会話についていけると、なんだか大人の仲間入りをしたようで嬉しかった。

自分の発言で両親が笑おうもんなら、もう本当に嬉しくて。

 

こどもって、もしかしたらそう思うものなのかな。

 

そう考えると、ムスメに悪いことをしたなあと思う。

大人の話ばかりで、蚊帳の外と感じたんだろう。

 

その日を境に、ムスメ中心の話題にするように意識した。

 

気を抜くと、すぐ大人の話題になってしまう。

むずかしい、むずかしい。

 

でも、やっぱり、自分中心の話題だと、ムスメは嬉しそうだ。

 

ツマも自分のブログで書いていたが、あんまりすすまなかった食事も、割と自分で食べる様になってきている。

itonohana.hateblo.jp

 

そういえばよく、「パパ、おてつだいして~」と言ってくる。

「パパのおひざでたーべーたーい」とも。

 

「もう、自分で食べれるやろ?」

 

と、喉まで出かかるが、

 

「パパ、こっちみてよう。」

 

という、彼女からのメッセージなのだろう。

 

なんか、『北風と太陽』の話を思い出す。

 

どうしても、風をピューと吹かせたくなるものだ。

そのほうが楽だし、一時的には言う事も聞く。

 

時間をかけて光をあてる方が大変だ。

心の余裕も、時間の余裕も、いつもあるわけではない。

 

でも、長い目で見たら、やっぱり太陽でいたい。

 

「コートを脱がせる」

 

ことと、

 

「自分から脱げるように促す」

 

では、大きな違いがある。

 

 こどもは、色んな言葉で、色んな行動で、

 

「ねえ、こっちみてよう。」

 

と訴えかけてくる。

 

出来るだけ、出来るだけ、見てあげたい。

いつの日か、「こっちみてよう。」が恋しく、懐かしくなる日が来るだろう。

 

今日も、「ウツボク」に来てくれてありがとうございます。

 

おとなだって、こどもだって、みんな、「こっちをみて」ほしいものだ。

俺だって子供だ! (文春文庫)

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