気がつけば、師走に入ってからもう10日が経とうとしている。
はやいはやい、あっという間だ。
12月は、我が家にとって密度の濃い月だ。
妻の誕生日に始まり、翌日のコムスメの誕生日、そしてクリスマス。
歳を重ねるごとに出費がかさみそうで、今から覚悟をしている。
今朝、ムスメが「アドベントカレンダー」をボクの元に持ってきた。
どういうカレンダーかというと、
12月の頭から、年末まで、一日一日に「提案」が記載されている。
提案の内容は、クリスマスに向けて「誰かを大切に想う」ことや、
「手を差し伸べること」の実際のアドバイスが書かれているのだ。
プレゼントを「もらう」だけではなく、自分も誰かに「あげる」側になれるように。
そんな想いが込められたカレンダー。
ひとつひとつのアドバイスや、オーナメントの絵は、
「銀はがし」でコーティングされている。
10円玉でこすったり、セロテープを貼ったら、ペリッとはがれる、
あの昔からあるやつ。
で、その日を迎えたら、その部分を削り、隠されている絵やアドバイスを確認する。
「何が出るかお楽しみ」要素が含まれているのだ。
そんなカレンダーを、ムスメが持ってきた。
「ぱぱぁ、いっしょにけずろう?」
普段、なかなかじっくり向き合ってあげられないので、
削るくらい、一緒にやってあげたいなと思った。
ぬくぬくのホットカーペットにふたりでコロンと転がりながら、
カリカリカリカリ、爪で削りはじめた。
「むずかしいね…」
「うん…」
地味だ、じつに地味。
「ねえ、それさ、もう明日の分も削ってるよ?」
「うん…」
ムスメには、「その日の分はその日に」という理解はまだ難しかったらしい。
削れそうなものは、片っ端から削っている。
まあ、いいよな。
と思いながら、いっしょに年末まで削ることにした。
一か所を削るのに、意外と時間がかかる。
削りながら、ムスメと他愛もない会話がはじまる。
「ねえ、サンタさんになにをお願いするの?」
「んとねえ、バナナ」
そんな、ちっちゃいゴリラみたいなこと言うなよ。
「シルバニアファミリー」とかあるだろ。
なんだか楽しかった。
同時に、いつの間にこんなにおしゃべり出来る様になったのかと驚いた。
こどもの成長は、本当にあっという間なんだろうな。
9日、10日、11日と、順番に削っていくうちに、
なんだかその数字が、ムスメの年齢に思えてきた。
「あと何年、この子といっしょに暮らせるんだろう」
先の事は誰にも分らないが、
もし、高校を卒業し、進学や就職で家を出ることになったら。
20年も一緒に暮らせない。
思春期の娘と日々格闘しているお母さんから、
「ハッ!?その20年がどんだけ長いか知っていらして!?」
と、ひとふきで吹き飛ばされそうだが。
でも、カリカリと削りながら、着実に「ムスメと過ごす時間」は、
なくなっていくんだなあと、しみじみ考えてしまった。
そう思うと、本当に、一日一日が大切に思えてくる。
「ボクは父親として、この子に何をしてあげられるだろうか」
いつも、なんとなく、そんなことを考えている。
ツマが、先日、興味深い話をしてくれた。
「結局ね、あの子たちって、何か特別なものを望んでるんじゃなくて、
ただただ『ママといっしょにあそびたい』って思ってるんじゃないかなって。
よく、家を出る間際とか、忙しい時間に限って、おもらししたり、
こちらが困るようなことするでしょう?あれね、理由があると思うんだ。
忙しくしてる私に『ねえ、ママこっち見てよ』ってサインじゃないかと思って。
おもらしも、意識か無意識かわかないけど、出ちゃうんだよね、きっと。」
なるほど、その通りかもしれないなあと思った。
日々、生活を送っていると、どうしても「大人の都合」が生じる。
こどもに付き合ってもらわなければならないことも多々あるし、
「こどもの主張」をすべて聞き入れるのは不可能だ。
そこの折り合いで、みんな、苦労と葛藤をしているんだろうなあと、
勝手に想像をしている。
ボクが父親として、こどもたちにしてあげられること。
それは、「いつもそばにいる」ということだと思った。
それは、物理的に「そばにいる」ということだけではなく。
こどもたちの「こころ」にも、だ。
元々、こどもが大好きで、独身の時から「育児本」を読んだりしていた。
もし、こどもを授かる機会がもらえたならば、これだけは守る。
そう、決めていたことがひとつだけある。
それは、「ねぇ、おとうさん」と声をかけられたら、
何を置いてでも、こどもの声に耳を傾けることを最優先にするということだ。
まあ、それがいかに難しいことか、今、現実を思い知らされている。
最優先で耳を傾けるどころか、「ちょっとまって」を超多用。
一日に何回言ってるだろうか?
今日、ムスメとカリカリ削りながら、そんな決意を思い出した。
自分にとっては、なかなかのチャレンジだ。
現時点で、かなり難しい。
でも、
いっしょにいられる時間が限られているからこそ、
大切に、大切にしてあげたい。
どんなに忙しくても、どんなに自分のやりたいことがあっても、
多少、心身がしんどくても。
「ねぇ、おとうさん」
「ん?どうした?」
と、すぐに向き合ってあげたい。
そんな一時間も二時間もかかるわけじゃない。
ちょっと、「おとうさん」と呼んでみたいだけかもしれない。
ちょっと、話しかけたいだけかもしれない。
父親として、「ねぇ、おとうさん」より優先すべきことってあるのか?
たぶん、ないだろう。
こどもたちが、いくつになっても、
「ねぇ、おとうさん」に、
「ん?どうした?」とすぐに向き合える、
そんな父親でいたいと、切に願う。
ボクが、こどもたちにしてやれることは、それくらいだ。
それ以上のことは、ない。
5年後、10年後、20年後もこの決意を覚えていられるように。
心からの自戒と願いを込めて。
今日も、「ウツボク」に来てくれてありがとうございます。
にしても最近のムスメの質問攻めには疲れてきたので、裏で「5W1H」というあだ名をつけている。